Ascent

競馬コラム  |  入門編

馬たちは、
どんな階段を 登っていくのか。

クラス・グレード・三冠の全体像

01

競走馬には、登るべき階段がある

競馬を見始めて最初に驚くのは、「レースの種類があまりに多い」ことではないだろうか。新馬戦、未勝利戦、1勝クラス、オープン、重賞、G3、G2、G1——専門用語が一気に押し寄せてくる。

しかし、これらはバラバラに存在しているわけではない。実は、すべてのレースは「強さの階段」として綺麗に整理されている。馬たちはこの階段を、一段ずつ登っていく。

馬の「クラス」の階段(中央競馬の場合)

G1(ジーワン) 最高峰 / 年間約24戦
G2(ジーツー) 準最高峰
G3(ジースリー) 重賞の入口
リステッド(L) 重賞一歩手前
オープンクラス 中堅以上
3勝クラス 中堅
2勝クラス 中堅手前
1勝クラス 入門上
未勝利戦 まだ1勝もしていない馬
新馬戦 デビュー戦

どうやって階段を登るのか

仕組みは単純です。勝つと、賞金が貯まる。そしてその「収得賞金(しゅうとくしょうきん)」が一定額を超えると、自動的に上のクラスへ昇格するのです。

たとえば、新馬戦で勝てば「1勝クラス」へ。1勝クラスで勝てば「2勝クラス」へ——と、勝つたびに上に上がっていきます。階段を登るほど対戦相手も強くなるので、勝つのが難しくなる。これが競馬の階級システムの根本構造です。

競走馬は、一勝ごとに「上の世界」へ送り出される。だから一勝の重みが、本当に重い。

最初は「同じレベルの馬」と戦って勝ち、次は「ひとつ上のレベルの馬」と戦って勝ち、を繰り返す。最終的にトップクラス(オープン → 重賞 → G1)までたどり着ければ、その馬は「一流の競走馬」と呼ばれるようになります。

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02

G1、G2、G3——「重賞」のグレード制

クラスの階段を登り切った先にあるのが、「重賞(じゅうしょう)」と呼ばれる名のあるレースたちです。重賞にはG3、G2、G1の3段階があり、これを「グレード制」と呼びます。

グレードはどう決まるのか

グレードは、日本の中央競馬会(JRA)が独自に決めているのではありません。国際的な格付け機関(International Cataloguing Standards Committee)が、過去の出走馬のレベル、賞金、レースの歴史などを総合的に評価して決定します。

つまり、G1というのは「世界基準で見ても最高峰」と認められたレースだということ。日本のG1も、欧米のG1も、原理的には同じ格付けです。

グレード 位置づけ 年間レース数(中央) 主な賞金
G1 最高峰 約24戦 1着 1億円〜数億円
G2 準最高峰 約30戦 1着 6,000万円前後
G3 重賞の入口 約60戦 1着 3,500万円前後

G3 → G2 → G1 へとステップアップする

競走馬は、いきなりG1に出るわけではありません(極めて稀な例外を除いて)。多くの場合、まずG3で結果を出し、次にG2で揉まれ、ようやくG1の舞台に立てるようになります。

たとえば三冠への王道ローテーション:

弥生賞(G2) または スプリングS(G2)

皐月賞(G1・三冠①)

重賞のレースには、たいてい「本番(G1)への前哨戦」という役割が割り振られています。G2やG3は、本番に向けて出走を予定している有力馬たちが調整に使う場でもあります。

ただし「早熟な天才」は、いきなり2歳でG1を制覇することもあります。グラスワンダーが朝日杯3歳ステークス(G1)を勝ったり、コントレイルがホープフルS(G1)を勝ったり——年齢にも階段にも縛られない、本物の素質馬は時に常識を飛び越えます。

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03

三冠が「最高の偉業」と呼ばれる理由

「三冠(さんかん)」とは、3歳のときに開催される3つの特定のG1すべてに勝つこと。日本競馬において、最高の栄誉とされています。

牡馬三冠の3レース

皐月賞

2000m

4月 / 中山競馬場

「最も速い馬」が勝つ。瞬発力と立ち回りのレース。

日本ダービー

2400m

5月末 / 東京競馬場

「最も運の良い馬」が勝つ。広いコース、長い直線。

菊花賞

3000m

10月 / 京都競馬場

「最も強い馬」が勝つ。スタミナと底力のレース。

距離がこれほど違うのに、すべて勝てるか?

ここが、三冠の難しさの最大のポイントです。2000m → 2400m → 3000m——同じ馬が、全く違う適性のレースを連勝するのは至難の業です。

競走馬には、それぞれ得意な距離があります:

距離区分 距離 適性
短距離 1000〜1400m スプリンター(瞬発型)
マイル 1600m前後 マイラー
中距離 1800〜2200m 中距離型(万能寄り)
中長距離 2400〜2500m クラシック適性
長距離 2800m以上 ステイヤー(持久力型)

三冠の3レースは、それぞれ「中距離」「中長距離」「長距離」に分類されます。普通の馬は、このうちどれか一つが得意で、ほかは不得意です。だから三冠を獲るには「全ての距離に対応できる、稀有な万能性」が必要なのです。

半年間ピークを保ち続ける難しさ

もう一つの壁は時間軸です。皐月賞(4月)→ ダービー(5月末)→ 菊花賞(10月)——半年間ピークの状態を維持しなければなりません。

その間、夏には休養を挟むものの、調教は止められません。脚部不安、体調不良、気性の問題——どれか一つでも起きれば、三冠の夢は消えます。トウカイテイオーやウイニングチケットなど、二冠は獲れても三冠目に届かなかった名馬は数多くいます。

三冠とは「ある一頭が、半年間、すべての条件を完璧に揃え続けた」という奇跡の証明である。

歴代の牡馬三冠馬

馬名 備考
1941セントライト史上初の三冠馬
1964シンザン後に五冠馬に
1983ミスターシービー19年ぶり、史上3頭目
1984シンボリルドルフ史上初の無敗三冠 / 皇帝
1994ナリタブライアンシャドーロールの怪物
2005ディープインパクト21年ぶりの無敗三冠
2011オルフェーヴル天才と狂気
2020コントレイル史上3頭目の無敗三冠

85年で、たった8頭。これが三冠の重みです。さらに「一度も負けずに三冠を取った馬」は、3頭だけ——シンボリルドルフ、ディープインパクト、コントレイル。日本競馬の頂点の中の頂点と呼べる存在です。

牝馬にも、三冠がある

牡馬三冠とは別に、牝馬三冠も存在します。3歳の牝馬限定で行われる、3つのG1すべてを制した馬に与えられる栄誉です。

桜花賞

1600m

4月 / 阪神競馬場

3歳牝馬マイル王決定戦。

オークス

2400m

5月末 / 東京競馬場

「優駿牝馬」とも呼ばれる、牝馬のダービー。

秋華賞

2000m

10月 / 京都競馬場

三冠最後の関門。1996年に新設。

牝馬三冠も距離は 1600m → 2400m → 2000m と大きく変わります。牡馬よりやや短めですが、難しさの本質は同じ——半年間、3つの全く異なる条件で連勝することが求められます。

歴代の牝馬三冠馬

馬名 備考
1986メジロラモーヌ史上初。旧三冠(エリザベス女王杯が3冠目)の時代
2003スティルインラブ現制度で初の三冠馬
2010アパパネ史上3頭目
2012ジェンティルドンナ後にジャパンカップ連覇
2018アーモンドアイ後にGI 9勝の歴代最多
2020デアリングタクト史上初の無敗牝馬三冠
2023リバティアイランド最新の牝馬三冠馬

牝馬三冠馬は これまで7頭。特筆すべきは2020年のデアリングタクト——史上初の「無敗の牝馬三冠」を達成しました。同年、牡馬のコントレイルも無敗三冠を達成しており、同じ年に牡牝両方の無敗三冠馬が誕生するという、競馬史に残る奇跡の年となりました。

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04

「走る舞台」も、全部違う

三冠を難しくしている要素は、距離だけではありません。「走る場所(競馬場)」も、3つすべて違います。これがどれほどの違いを生むのか、見ていきましょう。

日本の主な競馬場(中央)は10箇所

JRA(日本中央競馬会)の競馬場は、北は札幌から南は小倉まで全国10箇所。それぞれ全く異なる地形・形状・特徴を持っています。

三冠の舞台、その特徴

レース 競馬場 直線の長さ 特徴
皐月賞 中山 310m(短い) 急坂あり / 小回り / 力勝負
日本ダービー 東京 525m(最長級) 広い / 緩い起伏 / 末脚勝負
菊花賞 京都 404m(中程度) 外回り / 淀の坂 / 長距離

競馬場ごとの個性

中山競馬場はゴール手前に有名な「急坂」があり、ここを駆け上がるパワーが必要。直線も短いので、コーナーで内をうまく回れる立ち回りの上手さがモノを言います。「速さ+器用さ」の馬向き。

一方、東京競馬場は直線が500mを超える、府中の長い長い直線が特徴。最後の直線で末脚を伸ばせる瞬発力と持続力が求められます。「広いコースを活かせる馬」が勝つ舞台。

京都競馬場は3000mのレースで、コース内に「淀の坂」と呼ばれる起伏があります。前半でペースを落ち着け、坂を下りながらスパートをかけ、最後の直線でも力を残す——頭脳的なレース運びとスタミナが要求されます。

「芝」と「ダート」——コースの素材の違い

競馬には「芝コース」「ダートコース」の2種類があります。

素材 特徴 得意な馬
芝(ターフ) 草が植えられたコース。日本のクラシックはすべて芝 瞬発力型 / 欧州血統
ダート(砂) 砂のコース。アメリカ競馬の主流 パワー型 / 米国血統

三冠はすべて芝のレースです。芝は時計が速く出る一方で、雨が降ると重くなり、力を要する馬場になります。天候によって有利不利が変わるのも、競馬の面白さのひとつ。

ちなみに芝の中にも「野芝(のしば)」「洋芝(ようしば)」「エクイターフ(改良芝)」など細かい違いがあり、競馬場ごとに違うブレンドが使われています。北海道の札幌・函館は洋芝中心で、欧州タイプのレースになりやすい——という具合に。

「直線の長さ」が戦い方を決める

競馬場ごとに最も大きな違いを生むのが、「最後の直線の長さ」です。

競馬場 直線 戦法への影響
東京525m差し・追い込みでも届く
京都(外)404mバランス型
新潟(外)659m日本最長 / 末脚勝負
阪神(外)474m坂あり / 力勝負
中山310m逃げ・先行有利
函館262m最短 / 立ち回り命

同じ馬でも、東京競馬場では大外から差し切れるのに、中山競馬場では直線が短すぎて届かない——なんてことが普通に起きます。「あの馬は中山が苦手」「この馬は府中向き」という競馬解説のフレーズは、こうした事情から来ています。

三冠を獲るとは、すべての性格を持つ3つの舞台を、半年で連覇するということ。それが、いかに無理難題か。

改めて思い返すと、シンボリルドルフ、ディープインパクト、コントレイルが「無敗で三冠」を達成したことの異常さがわかります。それぞれ性格の違う3つの競馬場で、世代最強の馬たちを相手に、すべて勝つ——これは「奇跡」と呼ぶしかない偉業なのです。

The Ascent

新馬戦から始まり、階段を一段ずつ。

登り切った頂上で、ようやく三冠の景色が見える。