Scarlet

競馬コラム  |  名馬伝説

一度も「負け以外」を、 知らなかった女王。

全レース連対・有馬制覇・ウォッカとの2cmの物語

SCROLL
01

名門スカーレット一族、ここに完成

2004年5月13日、北海道のノーザンファームで一頭の鹿毛の牝馬が生まれた。父はアグネスタキオン。無敗のまま屈腱炎で引退した、サンデーサイレンス産駒の中でも特に評価の高い種牡馬である。母はスカーレットブーケ、母父はノーザンテースト——母系は「スカーレット一族」と呼ばれる、社台グループの誇る名門血統だった。

スカーレット一族は、社台牧場が長年にわたり育てあげた繁殖牝馬系統で、すでに多くの名馬を輩出していた。その本流に、アグネスタキオンという「無敗の天才」の血が掛け合わさる——血統表だけで、関係者を興奮させる組み合わせだった。

「スカーレット系の集大成として生まれた、というのが言い過ぎではないほどの配合だった。」

ダイワスカーレットと名付けられたこの牝馬は、馬主・大城敬三氏のもと、松田国英厩舎へ。鞍上には、騎乗技術と度胸を兼ね備えた安藤勝己——元地方競馬のトップジョッキー、通称「アンカツ」。そして同じ2004年に生まれた、ちょうど1ヶ月先輩の鹿毛の牝馬が、すぐ近くにいた。名前をウォッカと言った。

✦ ✦ ✦
02

逃げて、粘って、勝つ。
正面突破の女王

ダイワスカーレットの最大の特徴は、「先行〜逃げ」の戦法を貫き通したことだ。多くの牝馬が末脚を活かす差し競馬を得意とする中、彼女はスタートから果敢にハナを切り、自分のリズムで競馬を作って、そのまま押し切る——古典的な逃げ馬のスタイルを体現していた。

⚔️

真っ向勝負の根性

並ばれても譲らない、競り合いになるほど燃える。後続が並びかけてくると、もう一段加速できる稀有な根性。「並ばせない」という鉄の意志を持っていた。

🎯

完璧な安定感

通算12戦のすべてで連対(1着または2着)。負けても必ず2着——これは競走馬として、ほぼ完璧と呼べる戦績。決して大崩れしない、究極の安定感を持っていた。

1️⃣

「1番」の女王

1枠1番に入ることが多く、内ラチ沿いを果敢に攻めるレース運びを得意とした。ファンからは「1番大好きスカちゃん」と呼ばれ、勝負服のピンクとともに愛された。

彼女の競馬は、いつも「逃げの美学」を体現していた。後方で脚を溜めて差すのではなく、最初から先頭に立って、そのまま押し切る。「主導権を渡さない」という意志の強さこそが、ダイワスカーレットの本質だった。それは、永遠のライバルとなるウォッカの「差し」とは、まさに対照的な競馬スタイルだった。

✦ ✦ ✦
03

桜花賞からウォッカへの
2センチまで

2006

デビュー、新馬戦勝利。
京都で新馬戦から白星スタート。すぐにオープン戦の常連となり、世代上位の存在として認知される。

2007.1

シンザン記念で重賞初制覇。
年明け初戦で重賞勝利。クラシック路線の有力候補として、桜花賞へと進む。

2007.4

桜花賞優勝、GI初制覇。
阪神の3歳牝馬最高峰でウォッカを下し、GI初制覇。「ウオダス」と呼ばれることになる名勝負の第1ラウンドは、スカーレットに軍配が上がった。

2007.10

秋華賞優勝。
桜花賞・オークス(オークスは2着)を経て、秋華賞も制覇。世代の牝馬の頂点に立った。

2007.11

エリザベス女王杯、3歳GI連勝。
古馬を含めた牝馬最高峰のエリザベス女王杯も完勝。3歳秋にGI3連勝という、当時類を見ない快挙を成し遂げた。

2008.4

産経大阪杯、牡馬混合戦も制覇。
古馬になってからも安定したパフォーマンスで、牡馬混合GII戦線で勝利。次の目標は「秋の盾」へ。

2008.11

天皇賞・秋、2センチの死闘。
ウォッカと激突した「ウオダス」最終決戦。直線で並んでゴール。長い写真判定の末、ウォッカが2cm先と判定され、スカーレットは惜敗の2着。これほど僅差の死闘は、競馬史を見渡しても稀。

2008.12

有馬記念、54年ぶりの牝馬制覇。
中山のグランプリで、牡馬たちを向こうに回して堂々の勝利。牝馬による有馬記念制覇は54年ぶりという偉業。「ウオダス」の物語は、ここでスカーレットがリベンジを果たす形となった。

2009

産経大阪杯、連覇。
復帰戦の産経大阪杯も連覇。だが脚部不安が再発し、ここから出走機会を失っていく。

2009 引退

脚部不安により現役引退。通算12戦8勝、2着4回、3着以下は一度もなし——全レース連対という、極めて稀な完璧な戦績を残した。

✦ ✦ ✦
04

なぜ「2着の女王」は、
これほど深く記憶されるのか

ダイワスカーレットのGIタイトルは4つ。これは決して少なくないが、ウォッカやアーモンドアイの記録には及ばない。それなのに彼女が日本競馬史に深く名を刻むのは、その戦績の「完璧さ」と、ウォッカという最高のライバルの存在ゆえである。

通算12戦すべてで連対——これは現代日本競馬でほぼ例を見ない記録だ。GIだけで見ても、出走したGI 8戦のうち、4勝・2着4回。「3着以下になったことが一度もない」。この事実だけで、彼女が同世代でいかに特別な存在だったかがわかる。

そしてウォッカとの関係。1ヶ月違いで生まれた同世代の2頭は、それぞれ「先行〜逃げ」と「差し」という対照的なスタイルを持ち、激しいライバル関係を演じた。桜花賞ではスカーレット、ダービーではウォッカ、秋華賞ではスカーレット、天皇賞・秋では2cm差でウォッカ、有馬記念ではスカーレット——勝ったり負けたりを繰り返す対戦は、競馬の最高の物語そのものだった。

強い馬がもう一頭の強い馬と出会うと、両方が永遠の伝説になる。

2008年有馬記念は、彼女の生涯を象徴するレースだった。牝馬による有馬記念制覇は54年ぶり——歴史的快挙である。しかも牡馬たちを相手に、得意の先行策で押し切るという、彼女らしいレース運びでの勝利。ウォッカが2007年に64年ぶりの牝馬ダービー馬となったことに対する、見事な「返答」だった。

ウォッカとダイワスカーレット——2007年と2008年の競馬界は、この2頭の物語を中心に回っていた。後年、競馬ファンが「平成最高の名牝対決」を語る時、必ずこの2頭の名前が挙がる。ライバルがいたからこそ、彼女は伝説になった。そして彼女がいたからこそ、ウォッカもまた伝説になった。一頭の名馬は、もう一頭の名馬を作る——競馬の最も美しい真理を、この2頭は体現したのである。

Daiwa Scarlet

逃げ切る女王は、12戦すべてで連対だった。

そして、ウォッカというライバルとともに、永遠の伝説になった。